ヤブルモノ
著者:風花藍流


「ついに某(それがし)は来たぞ! 彩桜学園へ!!」

夏の暑さが未だ残る、そんな秋の朝。
学園の門の前で、一人の少女が叫んでした。
丹精な顔立ち、挑戦的な目と肩で切り揃えられた髪。
まだ新しそうなセーラー服を纏った少女は同時に、強気で活発そうなイメージもその身に纏っていた。
元気な美少女。本来ならば誰もが目を引く出で立ちなのだが、今は違う意味で人目を引いていた。

「ハッハッハ! 生徒達よ! 教師達よ! 学園にこの某が来た今日という日を、最高の思い出にするがいい!」

付近一帯に響く、意味不明な宣言。
現在は登校時間の真っ直中。当然、門の付近には人もいる。
だが、人目が集まっていても尚、その少女に恥じらいも躊躇も感じられなかった。

「ハーッハッハッハッハぶふぇっ!」
「……うるさい、叫ぶなバカ」

高らかに響いていた笑いが、変な奇声を皮切りにして、唐突に終わりを告げる。
その少女の背後には、いつの間にか同じ顔の人が、右手を手刀の形にして立っていた。
正し、その人物が着ているのは、セーラー服ではなく詰襟。つまり、性別は男なのである。

「あいたたた……。兄上ぇ、もう少し優しくして下され……。舌を噛んでしまいましたぞ……」
「だったら叫ぶな。大人しくしてろ。転校初日から暴れるなアホ」
「ううぅ……こういうのは派手にというのが、某(それがし)の流儀なのですが……」
「そんな流儀、とっとと捨ててしまえ」
「ううぅ……」

つい今まで「勢い」に溢れていた少女は、兄と呼ばれる少年が現れて以降、それまで溢れ出ていた「勢い」が完全に消失していた。
高らかに宣言した少女と、とても同一人物とは思えない状態だった。

「はぁ……まったく。とりあえず、さっさと職員室に行くぞボケ」
「おう! ならば適当な人を捕まえて聞き出し――ぎゃぷっ!」
「あれほど家を出る前に教えたのに、もう忘れたのかバカ」
「うう……すみませぬ」

慣れたやり取り。暴走しそうな少女を、少年が(軽い暴力と共に)たしなめる。
そんな同じ顔をした二人が、学園の中に消えていく光景を眺めながら、周りの生徒は同じことを思っていた。

また一癖ある人が来たな……と。


「……ということがあったのよ!」
「へ、へぇ……」

私は、そう相槌を打つのがやっとだった。
沢山の生徒が通っている彩桜学園だから、そういう生徒の一人や二人居てもおかしくないだろう。高等部では特に、いろいろなことが起こっているらしいし。
だからこそ、ここ「中等部」では珍しいのかもしれない。朝の教室はうるさいものだけど、今日は特にうるさいと思ったら、そこかしこでこのような話をしているからだろう。
あまり人付き合いが得意のほうでない私、林道 亜由実(りんどう あゆみ)も、こうして噂好きのクラスメイトに捕まって話を聞いている状態だ。

「しかも、その人達は中等部の方に入ってったらしいのよ!」
「そ、そうなんだ……」

……だから何なのだろう?
同じクラスになって半年になるが、このテンションの高さにはなかなか慣れない。
それなのに、夏休みを挟んでしまったのは大きな痛手かもしれない……。
そんなことを考えていると、私へ更に詰め寄ってきた。鼻息が荒い……。

「もしかしたらその二人、このクラスに来るかもしれないのよ!?」
「そ、そうだね……。大変だね……」

さすがにそれは無いだろうと思っていたが、一応話を合わせておいた。勢いに圧されたというのもあると思う。
ただ、それで満足してくれたのか、その知人は登校してきた新しい生徒に走っていった。気付かれないように、そっと安堵の息を吐く。

「双子の転校生……かぁ……」

窓側にある自分の机に座り、広がる青空を眺める。
小さな雲が何個か浮いている、青く済んだ秋空。
なんだか遠く感じるこの空が嫌いじゃない。
物事を遠くで眺めているような感覚が好きだった。
どこまでも、意識が遠くなる。そんな感じが好きだった。

私は、当事者にはなりたくない。
当事者のことを眺める、ただの傍観者。
それであることが安らぎであり、私の幸せだった。
だから、もしそんな双子が中等部に来たとしても、自分のクラスには来て欲しくない。
この学園に入って、もう1年と半年。上手く今の位置を確立できたのだ。
クラスで浮かず、それでいて「友達」と呼ばれるほどに、人を「踏み込ませる」こともない。
それが2年の今頃で壊されるのなんて、真っ平ごめんだ。

「はーい、皆、席付いてー」

――もしかしたら、そんなことを考えていたからかもしれない――
チャイムと同時に、担任が教室に入ってきた。
未だに話をしていた生徒達は、大慌てで自分の席に戻る。

「はい、皆いますねー」

――もしかしたら、いつもは聞かないのに、今回は噂を聞いたからかもしれない――
出欠を取った先生が、改めて私達2年1組の生徒を見回す。

「皆さんに、新しいお友達を紹介しまーす」

――もしかしたら、そんなことよりももっと前に、もう決まっていたのかもしれない――
クラス全員の視線が、先生の紹介された扉に向かう。
その扉は、一同が見守る中、突然吹っ飛んだ。

「てぇやーー!!」

内側に吹っ飛んだ扉は、意外に飛ばずにすぐに落下する。
それに躓いたのは、とび蹴りの体勢で教室に入ってきた、活発な雰囲気の美少女。

「……このバカ」

そして、蹲って痛みに堪えている少女を、軽く叩いてから入ってくる冷静さを感じさせる美少年。

「え、えっと……、ご紹介しますねー」

――そうそれが――
困惑と驚愕と呆れの入り混じった複雑な顔で、突如現れた二人を紹介する。

「谷崎 蒼(たにざき そう)くんと、その妹さんの紅(こう)さんです。皆さん、仲良くしてくださいねー」
「……よろしく」
「イタタ……あ、よろしくお願い仕る」


――それが、その双子と私の出会いだった――



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